定義のない「職業」
今の時代、
データ分析スキルを人に教える機会が
増えていると思います。
その際の教え方としては、
「こういう場合にこの手法が有効」
というように、
手法やスキルベースで教えるケースが
多いと思います。
その際は、サンプル課題を使い、
こういう手法を使ってこうするのが良い、
というような形になります。
現在主流の分析教材の多くは
この形式だと思います。
しかし一方で、教育によって
データ分析専門の人材を
育てようとする場合は、
その教え方では不十分であることも
また確かです。
手法こそ一通り教えたものの、
何をどう使うか、
適切なタイミングで判断するという
重要なことはなかなか教えきれず、
悩むことも多いのではないでしょうか。
課題と手法をセットとして決め込んでしまえば
教育としてはスマートですが、
きれいに決めすぎてしまうと、
毎回微妙に違う顧客課題に
アジャストすることの重要性を話せない、
というジレンマが存在します。
実際問題として、
データ分析の専業会社含め、
「分析官の教育がうまくいっている」
会社はそれほど多くないようです。
どこも試行錯誤しながらやっています。
一方では、
データ分析の業界に入りたい人に対して、
統計的手法やコーディングを学べば
データ分析者になれる、
というような宣伝も目立ちます。
もちろん知識や技術は就職の早道ですが、
データ分析者として、
「毎回異なる課題やデータを
どう整理して、どう解決するか」 を行う中で、
コーディングや手法知識はその中の一部です。
そのようにして新しく入ってきた人に、
スキルはあるようだから、
あとは勝手にやってくれ、
ということでは、
会社の業務はもちろん、
データ分析の普及においても
いろいろな問題があると考えています。
ここでは、
そもそもデータ分析をする人とは
いったい何なのか、
その「社会的役割」と
「約束事」について考え、
その上で、そもそも必要なスキルとは
何なのかを考えてみます。
データ分析専門人材の「社会的役割」と「約束事」
データ分析専門人材の教育が難しい根本的な理由は、
「データ分析」に明確な定義がないのと同様、
「データ分析を専門にする人」にも
明確な定義がないことだと思っています。
データ分析を専門にする人の名刺には、
「データアナリスト」
「データエンジニア」
「データサイエンティスト」
などいろいろな肩書がありますが、
肩書によって仕事内容が決まらないことは
大抵の人はわかっていると思います。
また、同じ肩書であってさえ、
働き方は会社や場所によって様々で、
とても決めきれるものではありません。
せいぜい、
「データを分析して役に立つ知見を出す人」
くらいのものでしょう。
そこで勢い、特定の手法や言語を使える人、
という定義にならざるを得なくなりますが、
特定の技術があれば良いという話であれば
最初から教育で困ることなんかない、
というのも確かです。
ではそもそも、
データ分析する人とは何なのでしょうか。
ここでは仮に「データ分析者」とし、
他の職業と比べながら考えてみます。
データ分析者の「社会的役割」
ある職業についてイメージするとき、
スキルではなく、
通常はその 「社会的役割」が
出てくるものだと思います。
ここでいう社会的役割とは、
「何をして」
「どんな価値を生み出し」
「誰から対価をもらうか」
というようなことです。
それでいえば、パン屋とは、
パンを焼いて食べる人を満足させ、
食べる人から対価をもらう職業、
となります。
パンを焼く技術はその前提です。
また、パンを焼く技術があっても
食べる人を満足させる目的で使わなければ、
パン屋とは呼ばれないのではないでしょうか。
開業医であれば、
医療を提供して病気の人を健康に導き、
医療を提供する人から対価をもらう職業です。
もちろん医師免許が必要ですが、
医師免許を持っていて医療行為をしない人は
大学病院の研究者であっても、
通常、医者とは呼ばれないのではないでしょうか。
またプロ野球選手であれば、
競技を行って観客を満足させ、
球団から対価をもらう
ということになります。
もう少し複雑な職業をイメージすると、
警察官は、犯罪を抑止して公共の安全を守り、
国から対価をもらう職業といえます。
ジャーナリストは、事実を取材、加工して
知りたい人に情報を伝達することで、
メディアや情報の受け手から対価をもらう職業です。
税理士は、税務知識を活かして
顧客(自社も含む)の税務処理が適切に行われるよう支援し、
顧客から対価をもらう職業、となります。
例が長くなりましたが、
では、データ分析者の場合はどうでしょうか?
手法だけに着目すると、
「データ分析者は、
データをいろいろな手法で
分析する人のことです」
という定義になりますが、
これが不十分であることは
上の例と比べてわかると思います。
「どんな価値を生み出し」
「誰から対価をもらうか」
の観点が欠けています。
情報を扱う意味では
ジャーナリストに近いですが、
「データ分析者はデータを分析して
欲しい人に役に立つ知見を提供し、
受け手から対価を受ける職業です」
というのは、
顧客課題の吸い上げが含まれておらず、
やや一面的です。
顧客と向き合う税理士に近くすると、
「データ分析者はデータを分析して
顧客の役に立つ知見を出し、
顧客から対価を受ける職業です」
顧客との関係はこれでよいかもしれませんが、
行動が不十分です。
「役に立つ知見」を出してどうするのか、
上の税理士の例と同様のレベルまで
具体的にしたいです。
しかし、取り組むテーマは
業種や個々の課題によって様々なので、
前回の記事で議論した、
「行動」に置き換えます。
「データ分析者はデータを分析して
顧客のより良い行動を導くことで、
顧客から対価を受ける職業です」
データとは?より良い行動とは?? など、
まだしっくりこないところもあるかと思います。
それについては、次の「約束事」で説明します。
データ分析という職業の「約束事」
どんな職業にも、社会的役割を果たす際の
最低限の約束事があります。
それを守らないと、役割を果たすどころか、
かえって害になることすらあります。
たとえば、医者の場合は
「患者の合意を取ってから治療を行い、
報酬は法律で定められた料金に従う」
ことですし、
パン屋であれば
「原材料を含めた安全性に配慮して製造する」
ことです。
プロ野球選手なら
「野球のルールに従ってプレイし、
公私ともに社会的影響に配慮してふるまう」
ことでしょう。
警察官であれば、
「法律の範囲内で活動する」ことですし、
ジャーナリストは
「取材元や受け手への影響を考えて執筆する」
ことでしょう。
税理士なら、
「顧客の不正を隠したり加担したりしない」
ことだと思います。
では、データ分析者の約束事は
そもそも何でしょうか。
もし社会的役割の定義が
「データ分析者は、
データをいろいろな手法で
分析する人のことです」
でとどまっていると、
「データを正しく扱っています」
としか言えません。
これでは心もとないです。
一方、仮に
「顧客のより良い行動」を
目的にするならば、
「データを使って
顧客の行動を誤らせないようにする」
のようにすることができます。
こちらのほうがより良い定義ではないでしょうか。
OJTの際は「判断すべきこと」を軸にする
「社会的役割」「約束事」に基づく日々の業務判断
上で述べた内容がデータ分析者の
「社会的役割」「約束事」だとした場合、
それをどう具体的な行動に落として
実現するのでしょうか。
たとえば、データ分析の実務では、
以下のようなことを
日々判断していると思います。
「個々の分析課題解決に対してデータの質、量が十分か判断する」
「データの不備を補い、かつ課題と効果的に結びつける分析手法を選ぶ」
「現実における行動を念頭に置いたデータ処理や分析を行う」
「分析結果を、データ上発見した事実や行動上のリスクと併せて正しく簡潔に伝える」
もちろん状況によってポイントは違いますが、
上記のような内容こそ、
普段データ分析教育で
「なかなか教えられなくて困る」
ことだと思っています。
なぜ上記のようなことを考えるかというと、
約束事である「顧客の行動を誤らしめない」
ようにしたいからです。
そのために、
分析課題のブレイクダウンから
手法選択、分析作業、結果報告の
一連の流れにおいて、
いろいろなスキルを駆使します。
OJTにおいても、上記のような判断軸に対して
「なぜその手法を選んだのか」
「スキルはうまく使えているか」
を日々議論することで、
約束事の範囲でスキルや手法を使い
社会的役割を果たす、
ということが徐々に明確になるのではないでしょうか。
手法の引き出しが多いほど、
また、それぞれの手法をうまく使えるほど
より良い分析ができるのは医療と同じです。
問題は出し方です。
また、1on1やスクラムといったルールを通して、
メンバーとの日々の意見交換を
すでに行っている組織も多いと思います。
ただ一方で、上のような前提を置いて話さない限り、
何のためにスキルを身に着けるのか
説明することができませんし、
すでに優秀なスキルのある人に
それをどう使うか示すのも難しいでしょう。
自由に議論しても、
時間をかければ結論に行きつけるでしょうが、
教育の際はやはり何らかの軸が必要です。
おわりに
上であげたデータ分析者の
「社会的役割」と「約束事」は
あくまで例であり、
組織において違う点もあるかと思われます。
また、全く違う意見を持つ方も多いでしょう。
しかし、データ分析者の教育で重要なことが
まず「社会的役割」「約束事」を明確にし、
そのうえで、それを達成するための
「判断のポイント」を明確にしたうえで
日々の個別の案件を解決していく、
ということは、ほとんどの場合で
当てはまるのではないでしょうか。
反対に、教育を受ける場合や、
個別の手法を学ぶ立場に立つ場合でも、
具体的な顧客にどう説明するか?
どう行動してもらうのか? を考えて学ぶことで、
より実のある学習をすることができます。
また話は変わりますが、よくある
「本にはよく書かれているものの、
実務ではめったに使われない分析手法」
についても、なぜ使われていないのか、
「社会的役割」「約束事」から考えると、
何かしらの新しいアイデアが浮かぶことも
あるかもしれません。
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